2024-03-28 v0

こうして息子のために夕飯を作るのも今日で最後になりそう。

大学進学が無事に決まり、バタバタと下宿先を決めたり色々していたら、あっという間に旅立ちの日に。

自分が育てた野菜や味噌、米を子供たちに食べさせるのが何より楽しくて、時に筋張ったにんじんや大根を入れてもバクバクと威勢よく食べてくれました。

あんなに小さかったのになぁ
ごはんの作り甲斐があったなぁ
あっという間だなぁ

小さい頃は難病でごはんが一緒に食べられなくなった時もあったけれど、あれからたくさん食卓を囲んで、たくさんの時間を共有してきました。だから何の悔いもないです。

今日は最高に体に染み入る味噌汁になりそう。
私も自分の親が元気なうちに実家に顔を出そうと思います。

#滋味 #麦味噌 #お父さんごはん

2024-03-22 v0

昨年の秋のお彼岸にオープンした発酵スイーツ研究所。
明日で1/2周年となります。

砂糖不使用、プラントベース(乳・卵不使用)、グルテンフリー(小麦不使用)、オーガニックなお菓子!という、夢のような話がどこまで通用するのか。

毎月新しいお菓子を研究発表するというハードルを半年間なんとか乗り越えてきました。まだ半年?というのが正直な気持ちです。

そんな研究発表、毎月楽しみにしてくださっている方もいたりで、オープンからたくさんの方にお越しいただきました。

そんな感謝を込めて、3月残りの1週間はポイント2倍セールを実施いたします。また、オンラインショップで使える500円オフクーポンを会員さま向けに発行いたしますのでぜひこの機会にご利用ください。
※棚卸し処分10%オフセールも同時開催中

これからも沢山おいしい楽しい、そして嬉しいスイーツをつくっていきます。まだよちよち歩きですが、どうぞ育てるような気持ちで見守っていただけたらと思います^ ^

#発酵スイーツ研究所 #砂糖不使用 #プラントベース #グルテンフリー #オーガニック

2024-03-20 v0

久しぶりの玄米ごはん。食べ盛りの子供たちがいるので普段は白米ですが、米が切れてしまったので備蓄していたいただきものです。

このお米は、これから脱サラして農業をはじめようとしていた方にいただいたもの。

3年前ぐらいにお店に来てくださった時は関東から宮崎への移住を考えていましたが、1年ほど前再び訪れてくれた時、富山の山田町に就農することを決めたと教えてくれました。

山田町といえば牛岳スキー場があり、私は以前そこでスキーのインストラクターをしていたのでよく知っています。あんな山深いところに…!?雪も経験したことがないとおっしゃっていましたから、はたしてこの冬はどう過ごされたのでしょう。

そんな彼がお土産で持ってきてくれた富山の地でとれたお米。
しっかりと噛み締めながら、かつての山田町に思いを馳せる朝ごはん。急に冷え込んだ朝の身体に染み入るごはんでした。

…全国いろんなところで農業をはじめようと頑張っている方がいらっしゃいます。ここくにもたくさんの方が遊びにきてくださいますが、未だに苦労している私の口から出る言葉は楽しくないことばかり。

やる気に満ち溢れている方の背中を押してあげられる人間になりたい気持ちと、人生をかけて挑もうとする姿に適当なことを言えない自分とが交錯していつも自己嫌悪になります。

かつて私も散々言われました。当時は嫌な思いをしましたが、今振り返るとみな嘘は言ってなかった。それぞれの景色で見てきた苦労を伝えてくれていたと分かります。

いつかわかってもらえるその日まで。
ずっと心にかけています。ごちそうさまでした。

#大切なこと #富山 #山田町

2024-03-17 v0

沖の黒潮を汲み上げて薪で2日炊いた「沖の潮」。この貴重な潮から産まれた黒潮調味料セットが久しぶりに復活です。

九州で愛される麦味噌とあわせ味噌、そしてひよこ豆のお味噌であるフムス味噌。

麦麹で仕込んだ香り高い潮麹、ひよこ豆の煮汁と米糀で仕込んだひよ麹など、体に染み込み体を整えてくれる調味料満載です。

どんなに不摂生していても、1日に一度、基本の調味料さえきちんとしていれば大丈夫と思います。商品紹介にかなり長い説明がありますので時間がある時に読んでみてもらえたら幸いです。ぜひご活用ください。

#黒潮 #沖の潮 #麦味噌 #あわせ味噌 #フムス味噌 #在来種 #自然栽培

2024-03-08 v0

このお店を借りてからもう10年経ちました。

以前は地域に愛される酒屋さんでしたが、大型モールの進出などで閉めることになり、このお店の上で畑をしていた私が貸していただくことになりました。

酒屋の店主とは保育園の親父会で知り合ったご縁。

その後、彼は酒屋をやめて釣船を始め、私はここで味噌を作りはじめます。お店を借りてから知ったのは、酒屋なのに厨房があったこと、そしてお母様が地元老舗の醸造所の娘だったこと。

そんなご縁をいただき、私は自分で栽培した麦を持ち込み、麹をつけてもらうことで味噌作りをはじめることができました。

その後、塩も自分で作るようになり、元店主の釣船で沖に出るようになります。やがて同じ父兄でもあった地区の幼馴染が潮職人に加わりました。2人は今、船で沖に出て海水を汲んでいますが、他所者の私が来なければこんなことにはならなかったでしょう。

不思議なご縁はまるで運命であったかのよう。余所者の私をやさしく受け入れてくださったみなさんに感謝しながら、できあがった塩で今日も味噌を仕込んでいます。

これは、私たちの麦味噌に詰まっているたくさんのお話のほんの一部。流通や情報化社会の中で消えてしまわないよう、ここに記します。

#大切なこと #沖の潮 #麦味噌