2011年3月11日に起きた東日本大震災ではたくさんの教訓がありました。

当時首都圏に住んでいた私が目にしたのは、電車が止まり都会に閉じ込められて家に帰れなくなった人たち、電気や水道などのライフラインの危機、そして買い占めにより食べ物が消えたがらんどうの棚。

帰りたくても帰れない。
電気を止められたら何もできない。
お金はもっているのに食べものがない。

とても便利だけれど、システムが止まったら生きていけない。

大きなシステムの中にいた弊害を目の当たりにしながら、余震が続く中でも会社に行こうと駅へ向かう朝の奇妙な光景。

「お金はもっているけれど僕は何もできないじゃないか」と裸の王様のように情けなくなりました。

農業をしようと思ったのは震災のずっと前でしたが、より一層「自分の食べ物は自分で作れるようになりたい」と思わされたのです。

それから3年。自分で育てたお米、自分で作った麦・大豆で自分で仕込んだお味噌、自分で育てた野菜でついに「自分づくし」の夕食をつくることができました。

ところが。

確かに自分で作りました。けれど、ここに至るまで道のりを思うとそうでもないのです。農業を教えてくれた先生、畑を世話してくれた地区の先輩、よそ者の私に快く貸してくれた地主さん、タネを分けてくれたおばあちゃん、塩をつくってくれた平田さん、加工場を貸してくれた鈴木さん・・数え上げたらきりがないほどたくさんの人のおかげでこの夕食ができています。

きっと震災の時私に足りなかったのは「自分でつくれないこと」ではなく、「つくる人との関係」だったと気づきました。

「自給自足」という言葉にかつてはとても憧れました。でもそれを後押ししていたのは「自分さえよければいい」という個人主義と、「こんなに私は自分で作れる」という他人への優越感。・・・どうやら便利な社会システムの基本になっている徹底的な個人主義のうえに成り立っていたようです。

誰の世話にもならず、自分ひとりで完結する「個」の世界。しかしやってみればわかるように、それは幻想でしかありません。どこまでいっても、人は一人では生きていけないんです。

今、私は買い手から作り手になり、食べものを届ける側になりました。もっと作り手と買い手が信頼関係で結ばれたらいいなと思います。

「個の時代」に別れを告げて。
「個」と「個」が手をたずさえていくように。

「ここく」にはそんな意味も込められています。

2年前からはじまった「みそみそ便」。このお味噌やごはん麦、お野菜を届ける宅配は、そんな「おすそ分け」の精神で、直接知っている人の元へ届ける「ここく」な取り組み。

「顔の見える野菜」というのが最近はよくありますが、作り手側からは何も見えません。見知らぬ誰かににっこり笑う姿は私には切ない感じがします。

このみそみそ便を始めてみて気づいたのは、誰に届けるか分かっているとちょっとしたことでも気持ちが入るということです。常に待っていてくれる人がいることは作り手にとって本当に励みになります。

名前を知っているだけでも存在感が全然違ったり。家族のようになる必要はないと思いますが、私にとっては待っていてくれるというだけでかわいらしく、年齢関係なく自分の娘に届けるような気持ちで毎月お届けしています。