ここくについて
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2013.5.19

裸麦(はだかむぎ)という麦があります。ごはん麦や麦茶、味噌として食べられる大麦のひとつ。その種を探して県内を探しまわりましたが、皆一様に「昔はみんな作りよったけどな・・・」と懐かしがるばかり。米の普及により今ではほとんど作る人がいなくなってしまったのです。

もう諦めかけた頃、宮崎県では最も辺境の地と言っても過言ではない椎葉村で「平家祭り」というお祭りがあるというので観光目的で訪れました。

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椎葉村は、昔壇ノ浦の戦い(1185年)に敗れた平家が落ち延びた村です。
落ち延びた平家を討伐すべく、弓の名手で知られる那須与一の弟、那須大八郎が訪れましたが、地元の方たちと田畑を耕しながらひっそりと暮らす姿を見て討伐を断念。幕府に討伐したと偽りの報告をして、自分もこの地に住みはじめます。やがて、平家の娘「鶴富姫」と恋に落ちますが、幕府から帰還するように言われたため、身ごもった姫を置いてこの地を跡にしたという悲しい逸話が伝えられています。現に、椎葉村には那須姓が多いです。

平家祭りはそんな物語を舞台にしたお祭り。村人が一同に介し、たくさんの屋台が沿道で軒を連ねます。

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すっかり観光気分でしたが「ここまで山奥に来ればもしかしたら・・・」と麦を探しました。農家の方がたくさん出店されていたからです。いろいろ聞いて回りました。
しかし結果は惨敗。ここまで山奥にきても「昔はみんな作ってたなぁ」と懐かしがるばかり。もうあきらめて入った役場横の物産館。そこに置かれていた小さなごはん麦の袋に目が止まりました。

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「見つけたかもしれない」

写真は興奮してしまってピンぼけですが、ラベルにはおばあちゃんの名前と電話番号が書いてありましたので早速電話して聞いてみました。
電話口に出たおばあちゃんに素性を伝えて確かめると、それはやはり在来の裸麦でした。ついについに、見つけたのです。

本来なら日をあらためてお伺いしたいところですが、ここはそうそう来れるようなところではありません。ずうずうしく種モミを分けていただきたいと申し出ると二つ返事で承諾していただけました。それも、今からそこにもっていってあげるとのこと。
待つこと一時間。小さな腰を曲げたおばあちゃんが一袋の種籾をもってお店の前に来てくれました。これまでの経緯から種モミはそうそう簡単にもらえるものではないと思っていただけに信じられません。

おいくらですか?と聞くと眉間にしわを寄せて「そんなもんはいいですが」と笑ってまた人混みに消えていきました。下の写真はその時あわてて撮った後ろ姿。木製のゴミ捨て場の前を小さなリュックをしょって歩いている緑の方です。

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「また改めて挨拶に伺います」と伝えましたが「こんな遠いとこ、こんでいいですが」と言われたのでとにかく手紙を送りますと伝え別れました。こんな貴重なものをいただきながら何もお礼ができなかった・・・
ちょうど麦蒔きの時期だったため、帰ってから急いで畑を準備し、種を蒔きました。
もらった種は三畝ほどになりました。わずかな面積ですが種を増やすには十分です。
一ヶ月後、年が開けてからおばあちゃんに手紙を書きました。あの時は自分の素性もそこそこにしか伝えていなかったので、なぜこの裸麦の種が欲しいのか、これまでの自分の人生も振り返りながら分けていただいた感謝をこめて。
ほどなくしておばあちゃんから届いた返信には麦の話とおばあちゃんの半生が書かれていました。

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椎葉に嫁に来たところから大阪に出稼ぎに行っていたころ、椎茸の菌床栽培をはじめたが腰が悪くなり、今はもうやっていない話など。麦は椎葉でさえもみんなから忘れ去られ、おばあちゃんだけが育てているようでした。途中、アブラムシがたくさんついたりして心配な時はおばあちゃんに電話して聞いたりもしましたが、麦は順調に育っていきました。「麦の調子はどうね?」と電話をかけてきてくれたこともありました。

収穫が落ち着いた頃、あらためてあの辺境の地、椎葉村にお礼に行くことにしました。電話では「こんなところまで来なくていい」と言われましたが私の気持ちが収まりません。
麦を手渡しでもらった、あの村の中心地に辿り着き、住所から場所を調べるのですが、あまりに山奥過ぎて地図に道が描かれておらず、結局道行く村の人に聞きながらすれ違いのできない山道を一時間ほど走りようやくたどり着きました。
ここかな・・・?
山の日が落ちるのは早いです。午後三時過ぎぐらいでしたがもう夕暮れ時のようでした。ゆっくり入って行くと上の畑の方から「来なすった?」と小さな声がして夕日を背におばあちゃんの影が降りてきました。確かにあの時種モミをもってきてくれたおばあちゃんです。

旦那さんと犬との小さな小さな暮らし。

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持ってきた自家製の唐芋を渡して改めてお礼を伝えました。お茶ぐらい飲んでいきなさいと言われておじゃますると「ウド食べるけ?」と山で穫ってきた独活(ウド)を出してくれました。おいしいと喜んで食べていると今度は「モチ食べるけ?」と自家製のヨモギ餅が。

これがまたおいしくて喜んでいると「猪肉食べるけ?」と次々に出てきます。・・・おばあちゃん用意してくれてたんだ・・・最初は遠慮していたのですが、もう思いっきり甘えることにしました。おいしいおいしいと食べるのでこたつの向こうでおばあちゃんもとても嬉しそう。でも本当においしかったんです。

帰り際に川仕事から帰ってきた旦那さんと写真を撮らせてもらいました。

おばあちゃんにもらった麦はその後無事収穫。こうして育て種を増やしていったものが今みなさんの手元にある麦です。

私はこの麦を「幻の麦」として希少価値を売りにするつもりはありません。この麦を作ったのは私でもなければ、伝えてきたのも私ではありません。椎葉のおばあちゃんでもありません。

商売の道具ではなく子どもたちのためにつないでいかなければいけないのが「種」だと思います。

そして、こんなお話とももにたくさんの方が「いただきます」と手をあわせてご飯を食べることができたらどんなに幸せでしょう。以前はみんなが食べていた、心に「おいしい」食べものをこの麦を通じてたくさんの方に届けたいと思います。

日々からの品々

ごはん麦

むかし麦茶



2013.05.22種を受け継ぐ

はじめまして2013.05.18


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